日光街道の旅

8:小金井宿・石橋宿


〜小金井駅・・小金井宿・・石橋宿・・雀宮駅〜


 空はまだ怪しい台風の名残り雲だ。駅近くにこの街道では唯一の一里塚が保存されていた。街道の幅はおよそ9mで、その両側に石垣に囲まれた小高い塚があり、東側にはエノキとクヌギの大木が絡まるようにそびえ、西側にはエノキの生い茂った枝が空を隠している。国道から西側に少しずれた場所だ。

 

 日本橋から22番目の一里塚で、1604年に五街道が整備されてから、国道4号線が創られた1884年までの280年間、旅人の目印に使われてきたのだとか。

 

 一里塚の調査が行われ、本来の道は今より80cmほど低く、砂利が敷いて有ったようだ。これから4号線の歩道を進むことになるが、街道は途中で国道から脇道に入る。

 

 わずか50mほど国道と離れていないが、車の音が消えて、遠くに日光連山が見えた。

森があり、畑があり、なんて広々とした所なのか。このまま日光まで続いていればなあ。

 

 街道から松の木が見えた。4号線には松林に囲まれたドライブインが軒を連ねていたが、今は高速道路の発達で何も残ってはいない、淋しい松林があるだけだ。

 

 そろそろ昼飯時だが、今日はどこも定休日、ノレンを用意するオヤジさんと目が合う。ここで食べないと昼食抜きになるぞと訴えていた。柔らかいモツ煮定食に巡り会えた。

  

 途中の石橋宿、国道に石橋駅入口の道標、おや、突き当たりにトンガリ屋根の細長い塔が。目をこらすと天辺に男女の像があり、この塔を両側から巡る階段がある。その奥が駅なのか。それともパチンコ屋か、結婚式場を兼ねた駅なのか。あら不思議。

 

 グリム童話の生まれ故郷の(シュタインブリッケン)・・石、橋と読んでの語呂合わせだとか。

 ドイツの町と姉妹都市になり、あの恐ろしいグリム童話を町のあちこちに展開しているらしい。マンホールの蓋に赤ずきんちゃんが描かれている。何とも不思議な町だ。

 

 終点の雀宮駅に近づいた。縁石の道標に99.6kmの表示。あと40kmで日光だ。

都合良く快速電車に乗れて、と思った瞬間に眠り混んだのだ。眩しい西日に起こされて、無事に大宮駅で下車。

 

 大宮駅の構内はまるで小さなデパートだ。乗り継ぎ客でごった返している。

おやおや。ここで中山道・中津川名物・季節限定の(栗きんとん)が売られていた。

2014/10/14



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